大判例

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東京高等裁判所 昭和46年(う)577号 判決

控訴人 被告人

被告人 日置俊二

弁護人 大蔵敏彦

検察官 辰巳信夫

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人大蔵敏彦作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

原審記録及び証拠物を精査し、当審における証拠調の結果に徴し按ずるに、

本件被告人の所為は、原判示のように、争議行為に際し、管理者側の正当に掲示する職務命令文書を破棄毀損したというのであるから、直接には争議行為とかかわりがなく、公文書毀棄の罪を構成するものというべく、原審判断は正当であつて、所論違法のかどはないのであるが、以下所論に対し逐一判断を加えるに、

所論第一点は、地方公営企業労働関係法一一条は、職員らに対し争議行為を全面一率に禁止しており、憲法二八条に違反すること明らかであるから無効であるという。

なるほど、地方公営企業労働関係法一一条は「職員及び組合は、地方公営企業に対して同盟罷業、怠業その他の業務の正常な運営を阻害する一切の行為をすることができない。また、職員並びに組合の組合員及び役員は、このような禁止された行為を共謀し、そそのかし、又はあおつてはならない。」と規定し、同法一二条は「地方公共団体は、前条の規定に違反する行為をした職員を解雇することができる。」と定めているのであつて、文言上はあたかも一切の争議行為を禁止した違憲の法規のように見えるけれども、もともと、法律の規定は可能な限り、憲法の精神に即し、これと調和するように合理的に解釈されるべきものであり、前記一一条の規定も、職員らの争議行為は、その職務の停廃が国民生活に重大な障害をもたらすおそれがあるものについてのみ、これを禁止する法意であると合理的な制限を加えて解釈することが、労働基本権と公務員の職務の公共性に対応する内在的制約との合理的解釈に基づく規制の限界として考えられるのであつて、このように合理的制限解釈をすることによつて、右規定の合憲性を肯定し得るのである。このことは最高裁判所判例(昭和三九年(あ)第二九六号、同四一年一〇月二六日大法廷判決、最高裁判所判例集二〇巻八号九〇一頁以下、昭和四一年(あ)第四〇一号、同四四年四月二日大法廷判決、前記集二三巻五号三〇五頁以下、昭和四一年(あ)第一一二九号、同四四年四月二日大法廷判決、前記集六八五頁以下参照)の趣旨とするところであり、地方公営企業労働関係法一条が定める「地方公共団体の経営する企業の正常な運営を最大限に確保し、もつて住民の福祉の増進に資するため、地方公共団体の経営する企業とこれに従事する職員との間の平和的な労働関係の確立を図ることを目的とする」本法の法意にも添うものである。論旨は理由がない。

所論第二点は、本件争議は業務の停廃が国民生活全体の利益を害し、国民生活に重大な障害をもたらすおそれのある場合に当らない、というのであるが、所論のように、本件争議はその目的が人事院勧告の完全実施、地方財源の確保と公営企業等の賃金改訂の実施等の賃金要求であり、その態様は単純不作為であり、職務である上水道の供給、下水道の維持管理、市民との連絡につき保安要員がおかれ、市民生活に具体的障害も発生しなかつたことは認められるにせよ、人間生活における必要度において空気と比称せられる水に関する水道事業の公共性という観点からみれば、平常時二六〇名を越える職員中、管理職等の外は電話交換手その他数名の保安要員を残すのみの執務が一時間に亘る本件争議行為は、職務の停廃が市民の生活に重大な障害をもたらすおそれのある場合に当るといわねばならない。蓋し、水道事業については、水道法上、その経営を厚生大臣の認可にかからしめ、その主体を原則的に地方公共団体とし、給水義務を課しているところであり、又下水道法上、下水道の管理については、市町村が行なうものとし、その設置につき建設大臣の認可にかからしめ、都市下水路の機能維持義務を課しているのである。論旨は理由がない。

所論第三点は、本件文書の掲示を不言労働行為でないとした原判決は、法令の適用を誤つた違法があるというのであるが、本件争議行為が違法であること前記のとおりであるのみならず、争議行為が客観的に一見明白な適法性が認められない以上、これが中止を命じ、職務に専念することを命じた任命権者の所管本件文書の掲示は適法であり、原判決に所論の違法はない。論旨は理由がない。

所論第四点は、本件文書は不当労働行為を構成する違法文書であるから、これに対する被告人の所為を刑法二五八条に当るとした原判決は、同法の解釈適用を誤つた違法があるというのであるが、本件文書が不当労働行為に基づくものでないこと前記のとおりであり、所論は前提において採用できない。

所論第五点は、正当な争議行為中の被告人の本件所為を、労働組合法一条二項但書の暴力の行使と認めた原判決は、法令違反の違法があるというのであるが、本件争議行為が違法であることは前記のとおりで、所論は前提において容れられないのみならず、仮に、所論のように、被告人の本件所為が、当局側の不当な、争議行為に対する介入行為に対するものであるとしても、その救済は別途法規に従うべきものであり、被告人としては、無視黙殺するに止まるべきで、実力行使が許される事態とは認められないにもかかわらず、被告人は当局者が手にもつて掲示した本件文書を手で引き裂いたのであるから、被告人の所為は、不法な有形力の施用であり、暴力の行使というを妨げない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条に則り本件控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用の負担につき、同法一八一条一項本文を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 堀義次 判事 高橋幹男 判事 林修)

弁護人大蔵敏彦の控訴趣意

第一点憲法違反

被告人は浜松市水道部に勤務する地方公営企業の職員であり、その職員によつて組織する浜松市水道労働組合の組合員である。

本件は、右組合が始業時より一時間のストライキ中に発生したものであるところ、原判決はこのストライキを、地方公営企業労働関係法一一条にいう同盟罷業であるとしている。しかし右地方公労法一一条は、憲法二八条に違反するものであり、被告人ら水道労組のストライキは憲法二八条にもとづく労働基本権の行使である。

被告人ら水道労働組合組合員は、憲法二八条にいう勤労者である。しかるに地公労法一一条は、被告人ら組合員に対し、ストライキを全面一率に禁止しており、憲法二八条に違反すること明らかであるから、無効である。しかるに原判決は、水道労組のストライキをこの違憲無効の条項に該当するものとしていることは誤りである。

第二点憲法違反

仮りに、地公労法一一条が憲法二八条に違反しないものとしても、いわゆる最高裁、全逓中郵判決、東京都教組判決の趣旨にしたがえば、その適用は極めて限定されなければならない。すなわち、業務の停廃が国民生活全体の利益を害し、国民生活に重大な障害をもたらすおそれのある場合に限り、その適用が考慮されなければならないのである。

水道労組のおこなつた本件一一・一三闘争の実情については、原審において詳細に主張立証してきた。ストライキは始業時より一時間という極めて短時間のものであり、ストライキの行動は単純不作為であつた。そしてその職務である上水道の供給、下水道の維持管理については平常通りの職務が継続せられ、市民との連絡についても、いわゆる保安要員がおかれ(日曜・祭日の場合よりも多く)、浜松の市民生活にいささかの障害も与えるものではなかつたし、また原審の当局側の証人も、何等の具体的障害も発生しなかつた旨一致して証言しているところであつた。

いうまでもなく、本件ストライキの目的は、人事院勧告の完全実施、地方財源の確保と公営企業等の賃金改訂の実施等の賃金要求であり、その目的の正当性にも、いささかの問題が生ずる余地はない。

してみれば、水道労組の一一・一三闘争は、最高裁の右判決の趣旨に従えば、すなわち、憲法二八条に照らし地公企労法一一条を限定的に解釈する限り、同条に該当するものではない。

しかるに原判決は、かかる点を全く一顧も与えず、本件を地公企労法一一条にいうところのストライキと断じていることは、憲法違反、判例違反のそしりを免れることはできない。

第三点法令違反

原判決は、本件文書を掲示したことは当然のことで、これを違法のものということはできないし、不当労働行為となるものではないとしている。

しかし、本件文書が、被告人ら水道労組組合員に対しストライキを中止し職務に専念することを職務命令として命ずるということを内容としていることは一見明白である。であるから、この命令に従わないものには、命令違反を理由として何等かの不利益取扱がなされることを組合員に表示するものである。

被告人ら水道労組組合員が、地公企労法四条によつて適用のある労働組合法七条により、使用者の不当労働行為より保護されていることも明白である。本件文書の内容が組合活動に対する支配介入の意図が明らかにうかがわれるものであり、憲法二八条に保障される労働者の団結権を侵害し、団体行動権を否認するもので、本件文書はその内容においても、また掲示方法においても、不当労働行為といわねばならない。しかるに原判決が、これを当然のものであり不当労働行為にも該らないとしたことは、前記法令の適用を誤つた違法がある。

第四点法令違反

刑法二五八条の保護法益は、公務所の文書をもつておこなう行政作用であると解すべきである。

本件文書は、当局の不当労働行為を構成する物件であり違法文書であるから、かかる違法行為の組成物の破棄が本罪を構成するいわれはない。

原判決は、刑法二五八条の解釈・適用を誤つた違法がある。

第五点法令違反

原判決は、被告人の本件行為は、労組法一条二項但書の暴力の行使と認められるという。しかし、本件行為は水道労組のストライキ中に発生したものである。その目的、態様については前に述べたとおりであり、正当なものである。ところが、当局は本件文書を組合員の面前に公然掲示し、ストライキの切りくづしと組合員に対する支配介入を図つた。被告人はそれを防止するために、本件文書を破つたというにすぎないものであり、それを掲示していた吏員や当局側の者に対し暴力を行使しているわけでもなく、またこれらの者に対し、物理的・心理的な脅威を与えているわけでもない。

原判決が被告人の本件行為を、労組法一条二項但書の暴力の行使にあたるとしたことは、誤つている。

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